光の大丈夫と闇の大丈夫

こころのブログ

同じ言葉でも、心の状態によって光の言葉が闇の言葉か違ってくるものって結構あるなと思います。

例えば、タイトルにもある【大丈夫】。

光の心で言った大丈夫には、どっしりした感じだったり、絶対に良くする、何がなんでもやり遂げるという雰囲気が伝わってきます。

きっと、この先の流れも分かっていて、その上で発している言葉。

発言した人の言葉からひしひしと責任感のようなものを感じて、それが受け手の安心感にも繋がる感じがします。

闇から出た大丈夫は、慢心だったりチャラさだったり、どこか軽さを感じてしまう。

ニュアンス的に「いけるっしょ!」みたいな感じでしょうか。

この先の流れが見えていないし、万が一何か起こった時に何も出来ないというか、その覚悟が出来ていない。

受け手からすると「え、本当に大丈夫かな…?」という感じ。

感性を言葉にするのは本当に難しいなと思います…少しは違いが伝わりましたでしょうか?

このような形で、この言葉は光でこの言葉は闇とか

この行動は光でこの行動は闇とか

明確に区別が出来るわけではなく、同じ行動・同じ言葉だったとしても、全ては心次第で光が闇かが変わってくるという。。。

それがまた見分けを難しくさせるところではあるのですが、ひとつだけ言えることは

より自分の心の状態に細心の注意を払う必要があるということです。

私ももちろんまだまだですし、もっと良くなる必要があると感じます。そしてそれは、おそらく死ぬまで続くと思います。

何気なく発した言葉や行動に対して、どういう気持ちで言った/やったのか?

少しでも振り返る時間を持つだけでも、何か変わるきっかけになるのかもしれません。

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