「親を安心させるために○○する」は親の心の闇に構うことと同じ

こころのブログ

先日、おそらく年内最後であろう帰省をしてきました。

それまでは、前職で地元での仕事があったこともあり、月に1度実家に帰省していました。

ご近所さんからは

「ま〜良いわね!お父さんお母さんもこころちゃんの顔見せたら安心してやろ!!☺️」

ということを言われていました。

あまりにも多くの人からそう言われるので、そういうものか…と思っている自分がいました。

しかし、あの旅へ行ってからその発言への感じ方も変わりました。

顔を見せれば安心するということは、裏を返せば顔を見せないと不安だということ。

その不安に合わせに行っているということは、自分から闇に合わせに行っていることと同じです。

そんなに心配している様子を感じさせない親だったとしても、もしかしたら無意識レベルではとても心配していたりするのかもしれません。

どっちみち、誰の闇にも合わせにいく必要はないなと思います。

「周りがこう言っているから、そうなんだ」という考えは

  • 世間にとっての幸せ
  • 世間にとっての不幸せ

などに囚われてしまい、

自分にとっての本当にやりたいことや幸せについて、自分の心から湧き出てきたことを感じるというとても大事なことを

だんだんとしなくなっていってしまいます。

そうした結果、世間から見たステレオタイプの幸せを求めて理想を描いてしまったり(←以前の私)、

世間体ばかりを気にして自分の本当にやりたいことが出来なくなったりしてしまいます。

Aさん
Aさん

花嫁姿を見せたら、親も安心してくれる。

Bさん
Bさん

親にはいち早く孫の顔を見せてあげなきゃ。

これらも、親の「子を心配する心の弱さ=闇」に自ら合わせに行く思想だと言えます。

家族の不安に合わせて、帰省したり結婚したり子供を産むのではなく

自分の闇にも家族・他人・世間の闇にも合わせず、光の心で人生を歩んでいくのがいいと思います。

そして、実は先日帰省するまで、前職を辞めたことをなかなか親に言えずにいました。

うちの親(特に母)は、企業の看板を背負った前職(自営業)をやると決めた時でさえ

私の収入面や安定についてとても心配し、

会社員がいかに安定していて安心なのかを私に説いてきました(最終的には「こころのやりたいことなら、頑張りなさい」と言ってはくれましたが)。

それがあったので、親に余計な心配掛けさせてもいけないし

安定した収入が入ってから前職を辞めたことを言おうかと思っていました。

しかし、旅から帰ってきて帰省した時に

「親の心配に合わせてはいけない。どれだけ心配されようが、今言わなければだめだ」

という気持ちになり、さらっと母に打ち明けました(しかも事後報告)。

母は案の定、会社員の安定性について少し語ろうとしてきましたが

途中でそれをやめ

Cさん

まぁ、やりたいことならわかった。頑張り。前職を辞めたんなら、次は当分帰ってこないやろ?

と言ってきました。

うん帰らないよと伝え、私は大阪に戻ってきました。

次に実家に帰るのはいつになるか分かりませんが、私には一片の後悔もありません。

今まで帰省に割いていた日数分、現実を動かすことや、光で行動していくことに充てたいと思っています^^

コメント

タイトルとURLをコピーしました