1万回登山達成者に学ぶ*達成の極意

こころのブログ

次なる冒険で山へ行く必要が出てきて、登山ルートや登山においてのルールなどについて調べ物をしていました。

私が行こうとしている山には登山を記録する独自のシステムがあるのですが、なんと毎日登っている人もいるくらいの山で

1万5千回登ったという猛者もいるみたいです。😳

ちなみに1万5千回登ろうと思ったら、毎日1日1回の登山をしたとして、丸41年ちょいかかります。。。

そんな中「1万回登山を達成した人にインタビューしてみた!」という記事が目に止まり、読んでみることに。

達成者の人は初老のおじいちゃんなのですが、登山1万回記録を達成するぜ!!と燃えて達成したわけではなく…

メタさん
達成者さん

楽しくて毎日登っていたら、いつの間にか達成していた。
もちろん記録システムがあるので少しは意識していたのかもしれないが、そんなことより楽しいことの方が心を占めていた。

とのこと。

また、インタビュアーの人からの「毎日同じ山、同じことの繰り返しで飽きないのか?」という質問に対しては、

メタさん
達成者さん

昨日まであったものがなくなっていたり、昨日までなかったものが生まれていたりして、山の小さな変化が楽しい。

その小さな変化というのは毎日登っているからこそわかること。

また、毎日登山している人も結構たくさんいて、その人たちと話したりするのが一番楽しいです。

とおっしゃっていました。

それに関してはわかる気がする!という部分と、そっかなるほど〜🤔と思う部分と、、、

ブログ更新に関しては、まさにこの感覚(毎日やっているからこそ小さな変化がわかる、仲間と話すのが楽しい)がある。

楽しくて登っていたら達成していた、の感覚は、まだ腑に落とせていない。。。

今までの私って、何かを達成しようとする時「闘志を燃やす、目標を意識する、頑張ります!」というタイプだったんです。

だから例えば今までの私が登山1万回をするってなったら、「1万回達成まであと○回!!」とかって、ガンガン意識していると思うんです。

これを達成したら、こうなれる!と未来(メリット)を想像して、それをモチベーションにしたりしていました。

でもそれって、光の感覚なのかというと、そうではない気がします。

光というのは意気込んだりしない。

もっと淡々と、冷静に、目の前のことを愉しみながらグングン進んでいくものなんだと思います。


スポーツの記録などで、〇〇達成!というのを見ていても、

そのアスリート本人が「やったるでぇ〜!!💪🔥」と記録達成に燃えているケースって、あまり無いような気がしていて。

むしろそれを意識してしまうと、焦ったり体が力んでしまったりしてアスリートとして普段からの実力が出せなくなるような気がする。

本人はただ自分の技術を磨き、最高の試合をすることしか頭になくて、記録だなんだと言っているのは案外周囲だけだったりするんですよね。


このおじいさんも、そういう感覚だったのかな?と思いました。

そして今の私にも、この感覚は必要な気がします。

目的は定めるんだけども、目標の達成ばかりを意識するのではなく

目の前のことにただひたすら真っ直ぐに、夢中になって全身で愉しむこと。

そうしていると、いつの間にか目的目標を達成していた。

これな気がする。

この感覚を掴むためには、やはり頭で考えていては絶対に掴めないんですよね。

もっともっと心で感じ取ること。

これをやっていきたいなと思います☺️

【冒険の成功における心と知識のバランス】というものの感覚を掴みたいなと思っていたのですが、それを掴もう掴もうと意識するあまり、愉しさや夢中になる気持ちを忘れてしまっては元も子もない!

愉しんで夢中になってやっていれば、知識や技術は自然とついてくるものなのかもな、とも思いました。

なので、知識については「目標達成のために取り入れよう!」と意気込んで勉強するのではなく、「知りたい!」という純粋な気持ちに従って取り入れてみようかなと💡

うんうん、なんとなく方向性が定まってきた🌟

登山のおじいちゃん、大きなヒントをありがとう👴✨

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